東京地方裁判所 昭和45年(ワ)11657号 判決 1971年12月23日
原告
高柳楫子
ほか四名
被告
株式会社協和運輸
主文
被告は、原告高柳楫子に対し一九七万四三九三円、原告高柳忠則、同駒口恵美子、同高柳忠正、同高柳忠成に対し各九八万七一九六円及びこれらに対する昭和四四年一一月二六日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
原告らのその余の請求を各棄却する。
訴訟費用は、その三分の一を原告らの、その余を被告の各負担とする。
この判決第一項、第三項は仮執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
原告ら「被告は、原告高柳楫子に対し二九〇万九六六六円、原告高柳忠則に対し一六四万四五八三円、原告駒口恵美子、原告高柳忠正、原告高柳忠成に対し各一四六万四五八三円および右各金員に対する昭和四四年一一月二六日から完済までそれぞれ年五分の割合の金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び仮執行宣言
被告「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決
第二原告らの主張
(請求の原因)
一 原告らの被相続人高柳広章は、つぎの交通事故により、事故当日死亡した。
1 日時 昭和四四年一一月二五日
2 場所 東京都千代田区九段北一丁目一一番地交通整理の行なわれていない交差点
3 加害車 自家用貨物自動車(品川四い四八七九)
運転者 佐藤勉
4 被害者 亡高柳広章
5 態様 加害車運転者は、幅員約一四米の舗装路を、時速約四〇キロで進行中、これと直角に交差する幅員約四・五米の交差点左手前に停車中の車の上を通して交差点左手前角に二、三人の停立者を認めたが、徐行することなく進行し、被害者が手を上げて、道路側端よりセンターライン寄りに四米位横断進行して来た地点で約八米に迫り、ようやくこれを発見して急制動の措置をとり、ハンドルをやや右に切つたが及ばず、交差点中央附近で自車前中央部を被害者に衝突させて死亡させた。
二 被告は、加害車両を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により、つぎの損害を賠償する責任がある。
三 亡広章の逸失利益 九四八万八〇〇〇円
1 広章は、医師の資格をもち、永年の間日本生命保険相互会社の専属嘱託医をして来た。
2 同人は、死亡当時満六四才であつたが、昭和四三年一一月から昭和四四年一〇月まで一年間の収入は、一九九万〇五五〇円である。右年齢の男子平均余命は一二・二三年であり、広章は医師として、爾後少くとも一〇年間は前記年収額を下ることのない収入を得た筈である。
3 広章の生活費を考えるに、同人は、生命保険加入者の診断のみをしているものであるから、その年収に対し、これを四割程度とみるのが相当であり、一〇年間のホフマン係数は七・九四五であるから、亡広章の現在一時に求めうる現価(一〇〇〇円未満切捨)は前記のとおりとなる。
1990,550×(1-0.4)×7,945÷9,488,000円
四 原告楫子は亡広章の妻、その余の原告らは、亡広章の嫡出子であり、原告らは決定相続分に従つて、亡広章の前記逸失利益を次のとおり相続した。
1 原告楫子 三一六万二六六六円
2 その余の原告 一五八万一三三三円
五 原告らの慰藉料 三九五万円
広章は死亡当時六四才であつたとはいえ、医師として相当の収益もあり、一家の大黒柱であり、これを失つた原告らの精神的苦痛は甚大である。
これを金銭に評価するなら、原告ら各自つぎのとおりが相当である。
1 原告楫子 一三〇万円
2 その余の原告 各六六万円
六 亡広章の葬儀費用三五万円
亡広章は、医師としての社会的地位もあり、相当な葬儀費として三五万円が妥当であり、原告忠則(長男)はその支出を余儀なくされて同額の損害を蒙つた。
七 内入額及び充当
原告らは、自賠責保険から合計四八三万円を受取り、次のとおり充当した。
1 一七万円 葬儀費用(原告忠則)
2 一五五万三〇〇〇円 原告楫子分
3 各七七万六七五〇円 楫子を除く各原告
八 よつて、原告らはそれぞれ四、五(忠則はさらに六)の合計損害額から七の金額を差引いた残損害(原告楫子二九〇万九六六六円、原告忠則一六四万四五八三円、その余の原告各一四六万四五八三円)及びこれらに対する本件事故の翌日(昭和四四年一一月二六日)以降完済まで民法所定年五分の遅延損害金の支払を求める。
(被告主張に対し)
九 被告主張四の事実は争う。
一〇 同五の事実中、被告主張の金員の支払があつたことは認める。但し、香典は損害の填補ということができないし、また治療費は本訴請求外のものである。
第三被告の主張
(答弁)
一 請求原因一1~4の事実は認める。
同5の事実中、加害車が横断歩行中の被害者に衝突して同人が死亡したことは認めるが、その余は争う。
二 同二の事実は認める。
三 同三~六の事実は争う。
(同三3について)被害者が原告ら主張の年収を有する場合の所得税額(年間)は、二〇万七六〇〇円である。逸失利益算出の場合右金額は控除されるべきである。
(抗弁)
四 佐藤は加害車を運転し現場にさしかかつたところ、進行路上に数人の人が立話をしているのを発見したので減速進行したところ、被害者が立話をしていた人の蔭から飛び出し衝突したものである。被害者は、左右の安全確認の注意を欠いており、また現場から数メートル先に横断歩道があるからそこを横断すべきであつた。
五 被告は、原告忠則に対し広章の葬儀に際し、香典九万円を含めて二八万八三三〇円を支払つた。
右の外、被告は、広章の治療費六万一七六一円を支払つている。
理由
一 事故の態様と責任
1 請求原因一(5を除く)の事実及び加害車が横断歩行中の被害者に衝突して同人が死亡したことは当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によれば、本件交差点は、さほど大きくない事務所事業場等の多い市街地にあつて、東西に通ずる幅員(電柱等の存する部分を含む。以下同じ)約一四メートルの道路と南北に通ずる幅員約五・五~六メートルの道路の交わる交通整理のされていない交差点であつて、四隅とも隅切りがないうえ、道路との境界いつぱいまで建物があるため相互の見通しが悪いこと、右両道路とも、舗装され、人車の通行量がすくなくないが、歩車道の区別がなく、附近に横断歩道がなく、制限時速四〇キロメートルと定められていること、加害車は西方から本件交差点に至つたものであるが、時速四〇キロメートル前後でセンターライン近くを進行中、同車運転者佐藤勉は同交差点向つて左手前角附近に四、五人の人が立つているのを認めたが、同人らには自車進路に向つてくる気配がなかつたため、そのまま進行したところ、七メートル位前方に進路左側から右手を挙げたまま小走りで横断中の被害者広章の姿をはじめて認め、危険を感じ急制動を講じたが及ばず、同交差点中央部において同車前部が同人に衝突するに至つたこと、右運転者が進路に充分な注意を払つていれば、被害者の姿をかなり前に発見し得たはずであることが認められる。
2 以上の事実によれば、加害車運転者は自動車運転者として遵守すべき注意義務、すなわち、見とおしの悪い本件交差点において徐行し、かつ、前方を注視し人車の動静に十分注意して危険を避けるべき義務を怠り、そのため本件事故を惹起したものといわなければならない。
被告が加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していることは当事者間に争いがないので、被告は本件事故につき自賠法三条により損害賠償責任を負う。
3 しかし、他方1に認定した事実からすれば、被害者広章も進路の安全を十分確認しないで道路を横断したとみるのが相当であつて、この過失が本件事故の一因をなしていることは否定できない。
1の事実を総合考慮して、被害者の過失を斟酌すると、被告は、広章死亡により生じた損害のうち八五%を賠償すべきものというのが相当である。
二 被害者の経歴、収入等
〔証拠略〕によれば、被害者広章は明治三八年二月四日生の医師であつて、事故に至るまで通常人と変りない健康を保持し、昭和一〇年頃から日本生命保険相互会社に勤務し、昭和三六年頃定年で医長を退いた後、嘱託医として本件事故時に至つたこと、前記会社の嘱託医には定年制がなく、相当の老齢まで就業する医師の存すること、同人の嘱託医としての主たる収入は、診査報酬であつて、その額は近時年間通算すれば概ね一定しており、事故前一年(昭和四四年一〇月まで)で合計一九九万〇五五〇円であつたこと、嘱託医にはその他に交通費等も支給され、右職業の遂行自体に要する経費はとりたてていうほどのものがないこと、被害者は右収人によつて自己及び妻(原告楫子)等一家の生計を維持してきたことが認められる。
三 損害
1 逸失利益
二の事実によれば、亡広章はもし本件事故にあわなければ、前記のような医師としての職業生活をなお一〇年続け、この間前記程度の年収を挙げ、この収入を得るに必要な経費、同人の生活費、諸税を控除し、右年収の六割にあたる年間一一九万四三三〇円の純収益を得るものと推断するのが相当である(嘱託医の職務遂行は、右年齢までは通常可能とみられる)。
この額から、ホフマン、ライプニツツ各複式月別係数を用いて、本判決言渡の日まで単利、その翌日以降は複利で、年五分の割合による中間利息を控除して本件事故の日の現在価を算出すると、逸失利益総額は八六四万二〇八六円となる。
2 相続
〔証拠略〕によれば、原告らは亡広章の法定相続人の全部であつて、原告楫子はその配偶者として1/3の相続分を、その余の原告は子として各1/6の相続分を有するから、それぞれ右割合で亡広章の賠償請求権を相続したことになる。
3 葬儀費用
原告楫子の供述によれば、原告忠則は亡広章の長男であつて、同人の事故死に伴ない、その葬儀、諸法事をとり行ない、その費用として三〇万円を下らない出費を余儀なくされたことが認められる。
亡広章の社会的地位(前記二)に鑑み、そのうち三〇万円を本件事故による損害とみるのが相当である。
4 慰藉料
本件事故の発生状況(被害者広章の過失の程度を含む。前記一)、亡広章の社会的地位等(前記二)、原告らと同人の関係その他諸般の事情を考慮すれば、原告らの精神的損害に対し総額三三六万円、原告楫子に対し一一二万円、その余の原告に対し各五六万円をもつて慰藉するのが相当である。
5 被告の負担
本件事故により原告らの蒙つた財産上の損害は前記1、3のほか、被告において支出した治療費六万一七六一円(争いのない事実)であつて、財産上の総損害は九〇〇万三八四七円となる。ところで、一3に記したとおり、被告の負担すべき額はその八五%にあたる七六五万三二七〇円である。被告はこれに加えて、4の慰藉料を賠償すべきものとなる。
6 填補
原告らは、自賠責保険から四八三万円を受取り、うち一七万円が葬儀費用に、その余の四六六万円は相続分の割合に応じて原告らの損害に充当されたこと、及びその他被告から葬儀に際し一九万八三三〇円(香典を除く)を受領し、治療費六万一七六一円の支出を受けたことを自認しているところ、これにより原告らの損害は原告忠則の葬儀費用全額のほか、相続分の割合に応じて填補されたものとみるべきである。
7 香典
被告が広章の葬儀に際し、香典として九万円を支出していることは争いがないが、香典は弔意をあらわすもので、損害賠償として授受されるものでないから、これをもつて損害填補があつたとすることはできない。
8 残損害
以上のとおりであるから、原告らが被告に支払を求め得る賠償額は、5の金額から6の既填補額を差引いた五九二万三一七九円であつて、うち原告楫子の分が一九七万四三九三円、その余の原告の分がそれぞれ九八万七一九六円となる。
四 結論
よつて、原告らの請求は、原告楫子は一九七万四三九三円、その余の原告は各九八万七一九六円及びこれらに対する本件事故発生の日の翌日以降支払済みまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。
訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 高山晨)